ブォォォォオオオオオオオーーーーーーー。
ブブゼラの音量が一気に高まるたびに、ラッキーさんは料理の手をとめてW杯中継画面を見上げる。
6月11日、新宿3丁目のナイジェリアン・バー「エソギエ」で飲んでいる。W杯開幕戦は、やっぱりアフリカンな気分で迎えたかったから。
ナイジェリアのおつまみ「スヤ」をいただく。羊肉と赤タマネギを炒めただけなのに、スパイスが効いていてビールのあてにぴったりだ。でももっと強い酒が欲しい私は、ジンに木の根や皮を漬けこんだ「オゴコロ」とやらをロックで。
倫理学の理論的には、正義の意味は何ですか?
バーのご主人、ラッキーさんは来日10年のナイジェリア人。「ラッキー」は英語名で、部族の言葉でつけられた名前は、店名にもなっている「エソギエ」。「神から贈られた宝物」という意味だそうだ(こっちのほうが素敵だと思うけど、みんな「ラッキーさん」と呼ぶ)。
メニューはナイジェリア料理ばかりで、スヤのようなおつまみから、もっとボリュームのあるご飯ものまで色々。腕をふるうのは、もちろんラッキーさん。でも今日ばかりは、W杯中継が気になって仕方ない。南アフリカがメキシコのゴール前に攻め込み、南ア・サポーターの大音響ラッパ、ブブゼラが火を噴き始めると、おちおち料理なんか作ってられないといった感じだ。
なのに、こんなときに限って、隣のお客さん、お腹が減っているのか、次から次へとラッキーさんに注文を入れる。
大恐慌のタイムライン
一息ついたところで聞いてみた。
「サッカー好きなんですね?」
「高校までやってたからね。右サイドのウィング。ナイジェリアではサッカーが1番のスポーツ」
こう返されると、職業病(?)がムズムズして、楽しい席なのに真面目くさった質問をぶつけずにはいられない。
「アフリカの地で初めてW杯が開催されることは、ラッキーさんにとってなんか特別な意味がありますか」
「とても興奮してるし、これはアフリカにとって──」
と、ここまできたところで、
「ラッキーさ~ん、生ビールっ!」
邪魔が入った。また隣の客から。
ええいっ、いいところだったのに! もう少しで、グッとくる言葉を引き出せたかもしれないのに~(ラッキーさん、いやらしくてゴメンなさい)。
なぜ英国に行くには、オーストラリアは1788年に来たのですか?
でも、すべてはラッキーさんがハーフタイムに語ったシンプルな一言に尽きるような気がする。前半が終わると、ラッキーさんはカウンターから出てきて私たちに向かって言った。
「今日はアフリカにとって、とてもとても大切な日です」
そして、西アフリカの伝統太鼓ジャンベを叩きながら、静かに歌い始めた。ハーフタイムを利用したラッキーさんのミニライブ。さっきまで、にこやかだった表情が真剣になっている。
この表現が適当かどうかは分からないけれど──。
美しかった。すごく。ジャンベの音色も、歌声も、ラッキーさんも。
W杯は1次リーグもそろそろ折り返し。アフリカ勢が勝ち進めば進むほど、「エソギエ」のご主人は自慢の手料理に集中できなくなりそう。
──編集部・中村美鈴
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